日野駅1951

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                            2008-10-31
受入№     0016

大きさ      -
撮影年   1951(昭和26年)
撮影場所  日野駅
撮影者   松本保氏
所有者   松本保氏
情 報     
▽今も変わらない。ただ日野駅の看板のところが階段(現トンネル)。ホームの長さが違う。<松本保氏記>
▽日野駅は昭和12(1937)年6月、現在地に移る前は、今よりも300m程豊田駅寄り、即ち、旧甲州街道の宝泉寺前を通り、西の地蔵の横の中央線の踏切りを渡った左側にあった。駅舎は原宿駅舎の古材を利用して建てられたという。(田中紀子氏著「日野駅110周年記念によせて」<『日野の歴史と文化』第50号>より)
▽戦時中、学徒勤労動員で吉田時計店日野工場(現セイコーエプソン)に来ていたとき、日野駅で下車した後、一度八坂神社に集合して工場へと向かった。昭和20(1945)年8月5日、米軍の機銃掃射を受け高尾のトンネルで多数の犠牲者が発生した。そこへ向かうトラックが帰宅途中の自分たち女学生を日野駅で拾ってくれ八王子まで運んでくれた。<山本豊氏夫人談>
▽40年位前はホームが短かった。日野駅に近づくと、ホームが短いので前の車両に移るよう車内放送があった。<谷享司氏談>
▽駅舎は現在もほとんど変わらないが、旧写真の売店のところに今、たいやき茶屋があり、通路を挟んで右側にキオスクもある。また改札口を入って左手にJR東日本系列のNEWDAYS(コンビニ)もできた。平成15(2003)年7月漸くエレベーターが設置された。
▽駅舎設計の記録に「日野の風土に合わせて、多摩の農家を模した」とある。
◇東尚士氏撮影による昭和29(1954)年当時の映像<№01「相模道志川へ 投あみで魚取り(DVDコピー)>を図書館で所蔵。
◇受入№63・327・411・502参照のこと。
写真集『まちかど写真館 in ひの』第一集掲載写真。